ちいさいおうち
ちいさいおうちは、田舎の、こんもりとした丘の上に建っていました。おうちの両脇にはりんごの木が立っていて、庭の芝生にはヒナギクたちがめいめい勝手に根を張って、毎年春に咲きみだれます。夏にはそばの小川で子どもたちが水遊びをし、秋にはりんごが収穫され、冬ともなれば人々は、スキーやスケートをおうちのまわりで楽しみます。そう、それが毎年毎年同じように繰り返されました。ちいさいおうちはとても幸せでした。
けれども、いつしか時は流れて開発の波が押し寄せて、りんごの木も、小川もなくなり、ちいさいおうちは、騒音と排気ガスのたちこめる大都会の一隅に取り残されてしまいます。ちいさいおうちは、もはや住む者もいなくなり、荒れ果てた姿で昔を懐かしむばかりでした。そんなある日のこと……。
この絵本がアメリカで出版されたのは、1942年です。日本では土地開発どころか、敗戦とその後の復興さえ始まっていないころです。作者のバートンは、都会の学校で美術やバレエを習い、染色の工房の事業化まで考えた、たいへん進歩的で行動力のある女性です。当時のアメリカの文明を享受し、肯定的に生きた人に違いありません。そんなバートンでも、文明の進歩は必ずしも人間や自然のリズムと調和しないと感じていたようです。
ちいさいおうちは、ある家族にめぐり会います。その家族の母親が言います。「あの家は、わたしのおばあさんが小さいときに住んでいた家にそっくりです」。はたしてちいさいおうちは、もとの住人の子孫に引き取られ、ずっと田舎の方の、りんごの木の植わっている丘の上に移築されるのです。
人が幸せを感じられるのは、毎日同じ家で、同じ町で、同じ友人たちに囲まれていてこそ、です。今回のハリケーンではアメリカ南部の陽気でお洒落な町、ニューオーリンズが水没してしまいました。今度は、アメリカの文明の力で、この町の幸せを取り戻してほしいと思います。バートンが生きていたら、きっとそのために奔走しただろうと思います。
バージニア・リー・バートン 作 石井桃子 訳 岩波書店 1,680円
(2005年 ’平成17年’ 9月21日 104回 杉原由美子)