野はらの音楽家マヌエロ
ある夏の夕暮れどき、野外コンサートの会場でうっとりと音楽に聞きほれているカマキリがいました。名前はマヌエロ。自分も音を出して楽しみたいマヌエロですが、残念なことに、音を出すようには生まれついていません。それならばと、お気に入りの楽器を手作りしてみるのですが、フルートもトランペットもハープもことごとく失敗に終わります。かたわらでは、コオロギやキリギリスといった、音楽を奏でることのできる虫たちが「カマキリに音は出せないよ」とささやき合っています。あきらめかけたマヌエロに、そっと話しかける者がいました。
「どんな気持ちか、よく分かるわ。わたしも音楽を奏でることができないから」。声の主は、一匹の小さなクモ、名前はデビー。デビーは、マヌエロの様子をずっと見守っていたのです。「わたしを食べないって約束してくれたら楽器を作るのを手伝ってあげる」
もちろんマヌエロに異存はありません。教わった材料を探し集めて組み立てると、デビーが最後の仕上げをしてくれました。それこそ、マヌエロにぴったりの楽器でした。マヌエロの奏でるチェロの調べに合わせて、虫たちが1匹、また1匹と仲間入りして、野はらでは夜明けまでコンサートが続けられたのでした。
作者のドン・フリーマンは、『くまのコールテンくん』の作者としてこの欄に登場しています。今回の絵本に出会って、彼がジャズトランペット奏者でもあったことを初めて知りました。音楽で生活の糧を得ながら、画家として自立しようと勉強を続けていたといいます。「音楽を奏でること」が人間にとって生きる力になること、仲間を見つける場になることを作者は知りつくしていたのだと思います。
さて、うちの末娘の吹奏楽部の場合は、そうですね、同じです。勉強よりも部活動、親よりも部の友だちが大事なようで。またみんなで、楽しい演奏を聞かせてね。
ドン・フリーマン 作 みはらいずみ 訳 あすなろ書房 1,470円 (2006年 ’平成18年’ 8月30日 114回 杉原由美子)