なつのいちにち
夏休み、近所の子どもたちは元気にしていますか。元気に過ごした夏休みの記憶は、その人の内臓電池となって生きるエネルギーを補給し続けます。おぼれそうになりながら泳ぎを覚えた、苦手な早起きをしてラジオ体操に行った、汗びっしょりになって部活に通った、歯を食いしばって宿題をやりとげた、などなど。子どもの時には気づいていませんが、これらは二度と味わえない感動体験なのです。
今回の絵本にもそんなシーンのひとつが出てきます。夏の日盛りに虫捕り網を持って家を飛び出す男の子。わくわくしながらもちょっぴり心細いような。というのも、いつもいっしょに行くお兄ちゃんが、今日はいないのです。
「きょうはぜったいつかまえる。ぼくがひとりでつかまえる。」
男の子がめざすのはでっかいクワガタのいる林。町を抜け、踏切をわたり、牛舎のある田んぼ道を大急ぎで走り過ぎると、しーんとしたお宮さんがある。長い石段を息を切らしながら上って、ここからクワガタの林に直行するには思いっ切りジャンプして川を飛び越えなくちゃいけない。
「とりゃっー!」
ひざ小僧をすりむいて、麦わら帽子は川に流されてしまったけど、まずまず着地に成功。ほーら、いたいたでっかいクワガタが、木の幹に。でも、あれれ、ぼくにはとどかない……。
あとほんの少し大きかったら、あとちょっとだけ時間があったら……。それをどうやって乗り越えて来たかはいちいち覚えていませんが、子どものころはそんな口惜しさや情けなさがいっぱいでした。その代わり、信じられないような幸運に出会えるのも子ども時代です。
男の子も、とっても運良くでっかいクワガタをつかまえます。お兄ちゃんがびっくりすること間違いなしです。帰り道、夕立にあってずぶぬれになったぼく。でも、そんなことぜんぜん平気。だってかっこいいクワガタをひとりでつかまえたんだから!
甲子園に出場できたとか、外国へ行ったとか、そんな特別すごいことがなかったとしても、 夏という季節のせいでしょうか、パワー全開で取り組んだ記憶は一生の宝物になります。自分の「なつのいちにち」を思い出してみてくださいね。
はたこうしろう 作 偕成社 1,050円 (2007年 ’平成19年’ 8月22日 125回 杉原由美子)