ぼくの むら

 昨年末、初めて富山県水墨美術館に行きました。目的の企画展を一回りしてからのぞいた常設展示室で、思いがけない絵にめぐりあいました。それは、小松均画伯の「大原風景」シリーズの中の1点、『丘の圖』です。
 「これは…」その絵の前で固まっているわたしを見て不思議そうにしている連れに、「この絵知ってる。絵本になってるんだよ。」と答えていました。
 その絵本が、今回ご紹介する『ぼくのむら』です。厳密にいうと、絵本になっているのは『大原早春』という絵ですから、水墨美術館所蔵の絵とは別です。しかし、同じ時期、同じ場所で連作した1点なので、絵に託された思いも同じです。時は、1985年ごろ。場所は、山形県生まれの小松画伯が人生の大半をそこで過ごした京都大原です。
 画伯はそこがよほど気に入っていたのでしょう。緩やかな坂道を上って我が家へと続く小道と、 その途中の田んぼや畑や雑木林、点在する民家の一つひとつを丹念に描いています。風景の中に、そこで生活している人間もちゃんと描き込んでいます。
 画の仙人ともいわれた小松画伯の創作法は、粗末な差し掛け小屋をこしらえて、そこに持ち込んだ大きな画布に、何日もかけて徹底的に写生していくのです。絵本は、写生している絵描きさんを憬れのまなざしで見ている子どもがいて、その子が絵の内容を語っていくという構成です。
 細密な風景画は、どこを切り取っても絵本の一場面になり得ます。そこに気付いたのが至光社の編集者、武市八十雄でした。武市氏は、制作直後の『大原早春』の前に立って、「稲妻のように」絵本の場面が思い浮かんだ、と表現しています。20年余り前のことです。
 文化勲章の候補に挙がるほどの画家に、 その作品を絵本化したいと申し出るのにはたいへんな勇気を要したとも言っています。画伯は、「面白いのう。ええようにせえ。」と答えてくれたそうです。
 絵本になったおかげで『大原早春』は、子どもを膝にすわらせて心ゆくまでいっしょにながめていられるようになりました。そしてまた「絵描きさん」が描いた本物の絵を見られるとは!
 今、貴重な1点が富山で見られるのは、戦中戦後にかけて、画伯が心身を休める場として、福光町、氷見市、上市町などを、たびたび訪れていたからです。福光町のN表具店にも画伯が寄宿しました。まさかとは思いつつ福光生まれの母に尋ねると、「Nさんはわたしの従兄弟やちゃ」と言われてまたびっくりでした。

小松均 画 武市八十雄 構成と文 至光社 1,325円  (2008年 ’平成20年’ 2月20日 130回 杉原由美子)

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