ぼちぼちいこか
この絵本の原題は、『カバは何になれるか?』です。若くて元気なカバくんは、無限の可能性を持っています。例えば、消防士になれるかな。いや、パイロット、船乗りもいいぞ。ピアニストにだってバレリーナにだってなれるかも……。カバくんは次々に挑戦します。こんな具合です。
「ぼく、しょうぼうしに なれるやろか」(はしごが折れる)「なれへんかったわ」
「ふなのりは どうやろか」(船がしずむ)「どうも こうも あらへん」
「ピアニストになる ちからは」(ピアノがこわれる)「ありすぎやったな」
とてつもなく明るい色彩のイラストが、悲しいはずの失敗の数々を素直な笑いへ誘ってくれます。それにはまた、関西弁の訳文が大いに役立っています。大阪生まれの今江祥智氏お気に入りの作品というだけあります。
結論を言いますと、どの職業もカバくんには向いていませんでした。何が不都合かって、 スーパーヘビーな体格が災いとなるのです。それがカバくんの「売り」だというのに。しかし、運命に逆らわないカバくんは、「ここらでちょっとひとやすみ」とのんびり昼寝を始めます。「ま、ぼちぼちいこか」ということで。
小学生くらいまでなら、あ~おもしろかった、で済む話です。では、今受験生の中学3年生だったらどうでしょう。生まれて初めてぶつかった厚い壁の前で立ち往生しているあなたたちには、カバくんを笑うことができません。人間は、めいっぱいの挑戦をすることで、強く、大きくなっていくのですから。
分不相応な夢を抱くことが人間の不幸の始まりなのだと言えるのは夢を持つ勇気のなかった人たちです。合格通知を手にした人もしていない人も、どこからが人生の始まりかは、まだまだ分かりません。ま、ぼちぼちいこうではありませんか。
マイク・セイラー 作 ロバート・グロスマン 絵 今江祥智 訳 偕成社 1,260円
(2008年 ’平成20年’ 3月19日 131回 杉原由美子)