アンジェロ
アンジェロは、イタリアの壁ぬり職人です。長く仕事を続けてきて、腕には自信を持っています。しかし、今手がけている教会の外壁と彫刻の修復が、最後の仕事になりそうだと感じています。
ある日アンジェロは、壁のすき間に1羽のハトを見つけます。アンジェロにとって、建物を汚す鳥たちは、どちらかというとやっかい者でした。でも、その日出会ったハトは大きな鳥に襲われたのか、息も絶えだえで、逃げることもできなかったのです。どこかに捨てるつもりで持ち帰ったハトを自分の部屋で介抱するうち、いつしか気持ちも通じ合い、 シルビアという名前までつけてやります。
すっかり元気になって愛嬌をふりまくシルビアとは対照的に、アンジェロは日ごとに体が弱って仕事が遅くなっていきます。
厳しい冬が来る前に、ようやく修復の仕事を終えたアンジェロでしたが、今度だけはなぜか完璧に仕事をやり終えた気持ちになれません。ただ一つやり残したことがあるのです。それは、自分がいなくなったときの、シルビアの住み家を用意することでした。深夜になってある決心をしたアンジェロは、明日には足場が取り外される仕事場にひとり引き返して行くのでした……。
作者のデビッド・マコーレイは、30年余り前『カテドラル』という絵本で出版界にデビューしました。建築デザインを学んだマコーレイは、歴史的建造物の外観と内部、制作過程に至るまでを細密なイラストで描き出し、現代人の知的好奇心と美意識を大いに目覚めさせました。美術書であり、歴史書でもあり、大人はもちろんのこと、子どもにも見せたいなどなど、従来の「絵本」の概念には収まりきれない、わくわくするような書物を次々と発表しました。まさに20代の新進デザイナーらしい自信あふれる仕事ぶりでした。
そしてこの『アンジェロ』は、 一見して同じ作者とわからないほど、温かさとやさしさに満ちた絵本になっていて、私はとても驚きました。中世の教会の設計図を穴のあくほど見つめたであろう青年の心の中には、すでに壁ぬり職人の姿が見えていたのだと思います。年を経て、アンジェロという名を得てここに登場、ものづくりの心意気を見せてくれました。
デビッド・マコーレイ 作 千葉茂樹 訳 ほるぷ出版 1,470円
(2008年 ’平成20年’ 7月16日 135回 杉原由美子)