ここがぼくのいるところ
詩人の谷川俊太郎さんは、東京生まれの東京育ち。そういう人は別に珍しくないかもしれませんが、谷川さんの場合、 1931年に生まれたその場所に、現在に至るまでずーっと住み続けているそうで、「それってけっこう珍しいことなんだ」と何かに書いておられました。
そう言われてみれば、幼稚園にも学校にも仕事場にも、毎朝同じ家から通い続けて80歳を迎える人はそうはいないでしょう。特に、東京のような人や物がめまぐるしく移動し、戦災にも遭っている都会では。
今回の絵本に登場する男の子は、地球上のどこかの国のどこかの都市のどこかの町のどこかの家の自分の部屋に住んでいます。柔らかな毛布にくるまってぐっすり眠れるベッドも持っています。両親や兄弟やペットもいっしょです。そんな子どもは別に珍しくないと言いたいところですが、本当にそうでしょうか。
平和な国、豊かな都市、清潔な町、暖かい家庭、おまけに自分だけの部屋とベッド……。これだけのものを享受できる子どもは、地球上にいったい何人いるというのでしょう。しかも、80年間の保障をつけるとしたら、限りなく無に近づくのではないでしょうか。
私は、この絵本を読んで、米原万里さんの『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を思い出していました。米原さんは10歳から14歳までプラハの学校に通っていました。30年後、ユーゴ紛争が始まるや同級生たちの消息が途絶え、米原さんはいても立ってもいられなくなり、東欧へ飛びます。友人たちとは奇跡的に邂逅を果たしますが、それぞれが背負った重い運命にぼうぜんとしてしまうのでした。
絵本のほうはあくまでも明るく、これから広い世界に出て行こうとする子どもたちにエールを送ってくれます。いつ、どこで生まれるかは、自分では決められませんが、一人一人。
ジョアン・フィッツジェラルド 作 石津ちひろ 訳 ほるぷ出版 1,260円
(2011年 ’平成23年’ 2月16日 163回 杉原由美子)