ちいさいケーブルカーのメーベル
アメリカ合衆国の西海岸にサンフランシスコという町があります。ゴールデンゲートブリッジという壮麗な橋がある町です。この町で、橋と同じくらいに親しまれているのが、ケーブルカーです。
サンフランシスコには急な坂が多く、雨や霧の深い日は特に、悲惨な交通事故が起きやすいのでした。今から140年も前のこと、1人のケーブル技師が、坂の町でも安全に運行できる乗り物として、ケーブルカーを考案、実用化したのです。
当初から大歓迎された交通機関だったのですが、大地震や火災で痛手を受けた上、 よりスピードを求める時代の要請に押されて、廃止の危機に瀕することになります。このとき、ケーブルカーを残したいと考え、署名運動を始めた市民がいなかったら、サンフランシスコの名物がひとつ、消えていたことでしょう。
この絵本の主人公、気のいい働き者のケーブルカーのメーベルは、いわば、市民たちの代弁者です。メーベルは言います。「覚えている?この町が小さくて、みんなが互いに顔見知りで、だれも急いだり、いらいらしたりしなかったころのこと。 昔はよかったわねえ」
住民投票の結果、ケーブルカーの存続を支持した人が多数を占め、メーベルたちは仕事を続けることができました。30年くらい前のできごとです。
作者のバートンは、2人の男の子のお母さんであり、最新のテクノロジーを理解し、勉強を怠らない人でした。 絵本の中に、ケーブルカーのメカニズムをちゃんと描き込んでしまうくらいです。しかし、同時に、暮らしの根本は何であるかを見失わない人でした。「自分の町と自分の仕事が好きで、特に町の人たちが大好きでした。」と評されているメーベルと同じです。彼女のすべての作品に、この信念が貫かれています。復興と再生に立ち上がろうとしている、今の私たちにとっても励ましのことばだと思います。
バージニア・リー・バートン 作 かつらゆうこ・いしいももこ訳 ペンギン社 1,365円
(2012年 ’平成24年’ 3月21日 175回 杉原由美子)