わたし

 大学の一般入試前期日程で落ちた娘は、後期日程の課題、「小論文」に挑むことになりました。過去問題に取り組むや否や、「これ、マジわからんしー」と悲鳴を上げました。わからんたって、日本語で書いてあるんだろう、なんとかなるばい、と高をくくって読んでみたら、人生を楽しむために哲学とつきあっている理系の学者さんが書いたという、摩訶不思議な文章だった。それを読み切って、内容を理解した上で、自分の意見をまとめなければならない。しかも2時間で。読書感想文のお手伝い感覚は通用しませんでした。
 そこで、今回の「わたし」。
 読んでいくと、5歳のやまぐちみちこちゃんが主人公だとわかるのですが、このみちこちゃん、小さいながら哲学をかじっているらしいのです。「赤ちゃんからみるとお姉ちゃん、お兄ちゃんからみると妹、お父さんお母さんからみると娘のみちこ」という具合に、自分の位置をさまざまな視点から捉え直して、確立しようと試みています。
 「映画館では子ども、レストランではお嬢さん、外国人からみると日本人」次第に視野は広がり、家庭だけが居場所ではないことにも気付いているようです。
 簡潔な文と明瞭な線と明るい色彩の絵が、思考の広がりを助長してくれます。この本を読みながら、自分は何なんだ、と、誰もが自問自答することでしょう。素人考えながら、それが哲学の始まりです。初版は36年前に出ています。女の子が主人公という点でも新鮮な印象の本でした。媚びるでもなく、照れるでもなく、真っ直ぐな視線を向けていたみちこちゃんが、どのように成長したか想像するのも楽しいですね。
 浪人して、自分の教室、自分の席を持てなかった1年間。わたしって何なんだと、時に落ち込んでいた娘は、後期試験で合格することができました。再び学究生活の機会を与えられたことに感謝し、しっかりと学んでほしいと思います。

谷川俊太郎 文 長新太 絵 福音館書店 945円  (2012年 ’平成24年’ 4月18日 176回 杉原由美子)

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