さがしています

 著者のアーサー・ビナードさんは、アメリカ生まれです。大学までを過ごしました。そこでは、原子爆弾は戦争終結のための有効な手段だったと学んでいました。けれども、広島平和記念資料館に来て遺品の数々を見たり、原爆を体験した人の話を聞いたりすると、とてもそんな解釈では済まされないと思うようになりました。
 ビナードさんは、資料館に何度も足を運ぶうちに、一つ一つの遺品からメッセージが聞こえてくるようになりました。そこで、2万点以上の展示物の中の14点について、じっくりと耳を傾け、それらの遺品たちが何をさがしているのかを聞き取り、 私たちにわかることばにしてくれたのがこの本です。17日付の毎日新聞社会面でも紹介されました。
 掛け時計、軍手、お弁当箱、ワンピース、鉄瓶、メガネ、日記帳、鍵束、革靴、入れ歯、布かばん、ビー玉、学生帽、石段。
 さがしているのは、これらの物たちが生活を共にした人たち。いえ、生活そのもの。1945年8月6日の午前8時15分に、突如として断ち切られた日常生活の続きを、さがしているのです。「いっしょに働いていた人はどこへ行ったの、いつ帰ってくるの、どうして私を置いていってしまったの・・・…」 問いかけは果てしなく続きます。今まで67年間も。そしてこれから先も。
 作中に登場する1対の軍手は、いっしょに働いていた少年をさがしています。少年は愛媛県のお寺の子どもでした。広島市内の中学校に入り、その日は学徒動員で建物の取り壊し作業にあたっていました。被爆の翌日に亡くなり、軍手は他の衣服とともに、お母さんが保管しておられました。01年にお母さんは亡くなり、家族の方が話し合って、遺品を原爆資料館に寄贈されたのです。その経緯を生家のお寺のホームページで読ませていただきました。兄弟3人で撮った当時の写真も掲載されていました。それはそれは利発そうな美少年です。その5か月後に亡くなったのです。わずか13歳で。
 せめて「恐ろしい爆弾はもう作らないから、使わないから安心してね」と、答えてやれたらいいのに。それさえできないで70年近くがたってしまったのです。さがしています、さがしています、という叫びに、耳をふさぐことは許されません。

アーサー・ビナード作 岡倉禎志 写真 童心社 1,365円
(2012年 ’平成24年’ 8月22日 180回 杉原由美子)

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