おじいちゃんの手

 「どうだ、ジョーゼフ、わしの手は」
 そんなふうに声をかけながら、おじいちゃんは自信たっぷりに、孫にいろいろなことを教えます。
 靴ひもの結び方やピアノの弾き方、トランプの切り方も。 おじいちゃんの手は強くて器用だから、できないことは何もありません。ヒットの打ち方も教えてくれるのです。長い人生でさまざまな仕事について、鍛え上げてきた手なのです。頼もしいおじいちゃんの孫に生まれて、ジョーゼフはなんと幸せなことでしょう。
 けれども、おじいちゃんには、どうしてもジョーゼフに伝えておきたいことがあるのでした。それは、おじいちゃんの手が、できなかったこと。おじいちゃんはパン工場で働いていたとき「黒人の手だから、パン生地を触るな」と言われたのです。そして、掃除と荷物の積み込みしかさせてもらえませんでした。
 版元から来た案内を見る限り、穏やかな表情のおじいちゃんと、あどけない孫の、ほのぼのとした日常を描いた絵本だと思い込んでいました。年老いていく祖父をやがて支えるまでに成長する孫、なんて、よくある筋立ての絵本かな、と。実際はそんな単純なお話ではありませんでした。
 気を引き締めてじっくりと読ませてもらって、私ははっと気がついたのです。アメリカ合衆国で公民権法が成立し、人種差別のない社会へと大きく舵を切ったといえるのは、1964年です。それは、なんと東京オリンピックの開催された年なのです。しかも、公民権法が成立したからといって、すぐに差別が解消するはずもなく、ジョーゼフのおじいちゃんのように悔しい思いをした人はその後も、今現在も、何万といるのです。
 差別の根源は、肌の色にあるのではありません。一人一人の心の中の、妬みや、欲張りな気持ちが原因です。いつも心がけていなければ、すぐに芽を出すやっかいなものなのです。おじいちゃんの手が、孫に根気強く優しく教えているのは、差別の芽を摘み取る知恵なのだと思います。

マーガレット・H・メイソン 文 フロイド・クーパー 絵 もりうちすみこ 訳 光村教育図書 1,470円
(2012年 ’平成24年’ 9月19日 181回 杉原由美子)

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