はんなちゃんがめをさましたら

 最近めきめき人気上昇中の酒井駒子さんの新作です。
 とある町の住宅地。すっかり寝静まった家々。起きているのはお月さまだけ、と思ったら、どうしたはずみか小さな女の子のはんなちゃんが目を覚ましてしまいました。はんなちゃんは、となりのベッドのおねえさんをゆすってみましたが、おねえさんはぐっすり寝入っていて起きてくれません。起きてきたのは猫のチロだけ。
 ふしぎな気持ちのまま、起きたらいつもするように、トイレに行って、猫のチロのお皿にミルクを入れてやりました。それでもまだだあれも起きてきません。はんなちゃんは、ますますふしぎな気持ちがするのですが、いいことも思いつきました。いつもあこがれていた、おねえさんのお人形をそっと借りてみたのです。ついでに、おねえさんのオルゴールと、色えんぴつと、ノートと、ふでばこを借りました。それでも、おねえさんたら、なんにも気づかずにすやすや眠っているのですよ。はんなちゃんは、ちょっとだけ笑いたくなってきました。
 作品の中で、はんなちゃんは一言もしゃべりません。だれも起きてくれないのですから当然ですが。はんなちゃんはまた、びっくりするような行動もしません。それなのに読者は、どきどきしながらはんなちゃんのあとを追い、いっしょになって、いつのまにか真夜中の一人時間を楽しんでいます。だって、思い当たるようなシーンばかりなんですもの。ことさらに事件を起こさなくても、小さい子のいる生活はハプニングの連続です。それがとてもうまく描かれているのです。
 我が家の長女の証言によると、十数年前、学校から帰ってくると、机の引き出しの中がごちゃごちゃになっていたり、人形の前髪がカットされていたり、ノートに判読不明な書き込みがあったり、ふしぎな出来事が頻発していたそうです。彼女の推理によれば、すべては10歳年下の妹の仕業であったに違いないのですが、当人はまったく記憶にないと言い張るので真相は闇の中です。
 幼年時代の時間の流れと感情の振幅の大きさは独特です。説明しようとしても、そこには往々にして誇張や隠蔽などの情報操作が入り込むのではないでしょうか。酒井駒子さんは、ありのままの子どもの姿と内面を紙上に描き出せる、稀有な能力を持つ人です。

酒井駒子 文・絵 偕成社 1,260円  (2012年 ’平成24年’ 11月21日 183回 杉原由美子)

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