メルヘンビルダー
私は、幸せなことに、初めて自分の本というものを買ってもらった時のことを記憶しています。小学校3年生だったと思います。 担任の先生が、「家にある本を持ってきて学校で読む」という時間を作ったのです。朝読書なんて発想のないころ、そもそも家庭に子ども用の本があること自体が珍しい時代です。
「学校に本を持っていかんならん」と訴えられて、母は困りました。困りながらも翌朝、 学校の近くにある本屋兼文房具屋までいっしょについて来てくれて、私に本を選ばせてくれました。 私は、たくさんお話が入っている本を選びました。「グリム童話」という本でした。お店の人は、丁寧に包装までしてくれました。 光沢があって厚みもある緑色の包装紙でした。
授業が始まって、この包装紙を開けていると、先生が「あら、わざわざ買ってきたの?」と言うので、 とても恥ずかしかったことまで覚えています。恥ずかしかったけれども、自分の本を買ってもらえた喜びの方が勝っていました。 そのうえ、私は、その本がとても好きになれたのです。その後もずっと私の机のそばに置かれ、結婚した時にも持って来たので、 私の子どもたちまで、読み続けることになりました。
今回ご紹介する「メルヘンビルダー」もグリムの昔話集です。この本には9編のグリムの昔話が収められ、それぞれに美しい絵がついています。普通の絵本の絵とはちょっと違っていて、1枚の大きな絵の中に、お話の全体が描き込まれています。“一枚絵”という方式で、絵をたどっていくだけでも、ストーリーを想像できるのです。ヨーロッパでは、現在のような形の絵本ができる前から、このような本が作られていたそうです。
スイス生まれの画家、ハンス・フィッシャーは、学校や空港に壁画を残すなど、大きな仕事も手がけた画家であり、代表作となった絵本は自分の子どもの誕生日プレゼント用だったという、子煩悩な父親でもあったのです。そのせいか、この「メルヘンビルダー」にも、グリムの昔話の持つ暗さや残酷さは全くなく、むしろ、ユーモアや明るさが感じられ、語りかけるような調子に統一された訳文にぴったりです。おうちでも、学校でも、繰り返し読んでくださいね。
ハンス・フィッシャー 絵 佐々梨代子/野村泫 訳 こぐま社 2,625円 (2013年 ’平成25年’ 11月20日 194回 杉原由美子)