えを かくかくかく

 表紙の青い馬、すてきですね。若く、たくましく、おまけにユーモアのセンスも備えている雰囲気。本の中には、赤いワニだの、 ピンクのウサギだの、有り得ないけど魅力的な生き物たちが登場します。黒いシロクマ、とか。
 絵本「はらぺこあおむし」が代表作のエリック・カールさんは、青少年期をドイツで過ごしました。 絵を描くことが大好きだったエリック少年を、ある日、美術の先生が自宅に招いてくれました。 喜び勇んで自転車で駆けつけたエリック少年に、先生は一枚の複製画を見せてくれました。それは、第一次世界大戦で戦死した、 フランツ・マルクという若い画家の絵でした。
 躍動的で、それでいて繊細な表情が何かを訴えているような、馬の絵。エリック少年が驚いたのは、 その馬が青一色でかかれていたからです。その時代のドイツでは、写実的でない絵画は退廃芸術と蔑まれて、焼かれたり外国へ安く売り飛ばされたりしていました。
 公の場では見ることができなくなった絵を、美術の先生は、エリック少年にどうしても見せておきたかったのです。 彼の天賦の才を見抜いていたからです。狂気の沙汰としか思えないような人種差別、 文化活動の弾圧がまかり通っていた当時のドイツにおいて、表現の自由の象徴ともいえるフランツ・マルクの絵は、 芸術の魂そのものでした。
 先生の期待通り、その時に見た青い馬の絵は、エリック少年に一生忘れられない印象を与えました。少年は、その後、 美術学校へ進み、デザイナーとなり、大胆な形と色彩が特長の作品を次々に発表しました。そして、 マルクがかいてからおよそ1世紀を経て、ついに青い馬を再現させたのです。
 エリックおじさんの青い馬は、希望に満ちた顔で、世界中の子どもたちに呼びかけています。「絵をかこうよ、絵をかこうよ 、好きな絵を、好きな色で」と。
 一方、マルクの絵のほうは、焼却処分は免れたものの行方不明のままだそうです。

エリック・カール 作 アーサー・ビナード 訳 偕成社 1,512円  (2014年 ’平成26年’ 5月21日 199回 杉原由美子) 

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