ピートのスケートレース

 ドイツ軍占領下にあったオランダが舞台です。
 1941年のクリスマス、ピート・ヤンセンは、赤い革張りの手帳をもらいました。10歳の子どもへの贈り物としては、ちょっと大人っぽい品物でした。でも、ピートは喜んで、 心に温めている夢の第一歩をその手帳に記します。ピートの夢は、祖国オランダが誇るスケートレース、「エルフステーデントホト」に出場して、堂々完走を果たすことでした。
 「エルフステーデントホト」は、オランダ北部の11の都市を結ぶ川や運河が凍り付いたとき、その総延長200㌔をスケートで滑り通すレースです。 屈強な若者でも完走するのに12時間以上かかるという、過酷なレースです。それだけに、上位完走者は、国民にとって英雄なのでした。ピートはまず、 レースの開かれる11の都市の名前と位置を手帳に書き込みました。
 翌年の1月、学校で、苦手な書き取りテストで満点を取れたピートは、有頂天になって家に帰ります。しかし、家の中は緊張した空気でいっぱいでした。 隣家のウィンケルマンさんがスパイ容疑をかけられ、ドイツ兵に連れ去られたのです。ウィンケルマン家の2人の子どもをベルギーに住む親類のもとへ逃がそうと、大人たちは計画を練り、 ピートの帰りを待っていたのです。
 「ピート、おまえは強くて立派なスケーターだ。おまえになら、この重大な仕事をまかせられる。」
 子どもたちだけで移動すれば成功するかもしれないと、大人たちは考えたのです。おじいちゃんが教えてくれた道順をしっかりと覚え込み、 ピートはウィンケルマン家のヨハンナとヨープの兄として、夕暮れ迫る運河をベルギーに向け、出発します。運河とはいえ、国境には、ドイツ兵が検問に立っています。 「きょうだいで、おばさんのうちへお手伝いに行く」そんな理由を言うだけで、通してくれるものでしょうか。ピートは、赤い革の手帳と満点の答案用紙をお守りとしてポケットに入れ…。
 スリルと情感あふれる物語です。ピートの手帳の書き込みの意味を理解してくれたドイツ兵はその後どうなっただろう、とまで、想像が膨らみます。 オランダとは直接かかわりのない作家と画家が、ここまで臨場感を表現できるのかという点でも、感銘を受けました。

ルイーズ・ボーデン 作 ニキ・ダリー 絵 ふなとよし子 訳 福音館書店 1,620円
(2016年 ’平成28年’ 1月20日 218回 杉原由美子)

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