アライバル

 物語は、1人の男が、古びたトランクに荷物をまとめているところから始まります。男は、駅まで妻と娘と一緒に歩き、 別れを惜しみながら、蒸気機関車に乗って出発していきます。出張に出かけるのとは違う、最悪の場合、これっきり会えなくなるのかも、という気配が漂っています。
 男は、汽車から汽船に乗り換えます。それは、容易には帰宅できないことを暗示しています。 船に乗り合わせている人々の多くが違う人種であることも、不安を誘います。船は何日も航海し、大きな港に入っていきます。 そこでは、男の母国語は通じません。長い時間をかけてようやく滞在許可を得たものの、早速、住まいと仕事を見つけなければなりません。
 男は懸命に、まずは宿を、それから仕事を、そして仲良くやっていけそうな人間や動物を探します。 最初はおっかなびっくりでしたが、相手も同じように心を許せる友人を求めていることが分かってくるのでした。季節は巡って、 暮らしの目途がたったと判断した男は、移住先に妻子を呼び寄せます……。
 この絵本には文字がありません。画面に書き込んである文字らしきものも、作者の作った記号にすぎません。人間以外の動植物は、 やはり作者の作り出した奇妙な姿のものばかりです。見覚えのある文字や生き物が登場しない画面はなんとも落ち着かず、作中の人物とともに、 どこかに心の拠りどころになるものがないか、探している自分に気づきます。
 全編、セピアかグレーの濃淡のみで描かれ、 人々の回想として戦争や災害や虐待の場面も出てきます。異郷にあって不安と孤独に埋没しそうになる男が希望を見つけられるのか、 息を殺してページをめくり続けました。
 過去にも近未来にも、東洋にも西洋にも当てはめることができる設定になっているのは、作者が読者に対して、あなただって、いつ、どこで、どういう理由で難民になるかわからない、その時、人間らしく生き抜くことができますか、と問うているからです。
 最終ページ、移住してまもない娘が、新参者に道を教えている場面にくると、その平穏な日が長く続きますようにと祈らずにおられませんでした。

ショーン・タン 作 河出書房新社 2,700円  (2016年 ’平成28年’ 11月23日 228回 杉原由美子)

毎日新聞/Web   プー横丁/TOP

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