田んぼの1年
この絵本は、農村に生まれ育って農家に嫁いだ私にとって、「思い出のアルバム」です。
春、田んぼに咲き乱れるレンゲやシロツメクサを摘んで花綱を作り、友だちと長さを競いました。水路に沿って咲くワスレナグサに引き寄せられ、通学路を逸れて遠回りをしました。その水路には「春の小川」の歌詞そのままに、オタマジャクシもメダカもフナも、ドジョウも泳いでいて、遊び友だちでした。
夏の夜のカエルの大合唱も、ホタルの光の明滅も普通に経験しました。絵本のページをめくりながら「そうですよー、そのとおりですー」と、懐かしいのも当然で、絵本の風景は50年前のもの、なのでした。
今や、ワスレナグサが群生していた小川の土手は、長い直線のコンクリートで固められました。同形、同面積の田んぼに整備して、効率よく収穫するためです。用水路には、いつどこにどれだけ流すか、工業用水さながらの、綿密なスケジュールに沿って水が流されます。オタマジャクシやメダカの都合はお構いなしです。
嫁に来た当時は、手押し車のような田植え機を使って家族で田植えをしていました。今は、オペレータ―の資格保持者が、大きな機械で、田植えも稲刈りもさっさと済ませてしまいます。肥料や薬剤散布にはドローンが導入されました。もはや、コントロールできないのはお天気だけ、という状況です。
作者の瀬長さんは、私とほぼ同年代ですが、都会生まれの都会育ちです。田んぼの魅力と役割を伝える絵本作りの原点は、中学生のとき、多摩地区の田んぼに入って、野生のメダカとゲンゴロウをとったことだそうです。田んぼは、お米を作る場所であると同時に、さまざまな動植物が共生できる、理想的な環境でもあったのです。いわば、巨大ビオトープです。ところが近年は、効率重視のあまり、豊かな生物資源をみすみす枯渇させています。
田んぼに囲まれて生きてきた私が、うっかり見過ごしていたことを、この絵本は気づかせてくれました。昔に返ることはできなくても、生き物にとって暮らし易い環境を目指す必要はあると思います。
コシヒカリも「富富富」もとても美味しいお米です。田んぼが、お米だけでなく、たくさんの命のゆりかごになってくれたら、ますます美味しく感じることでしょう。
瀬長剛 作 偕成社 2,750円 (2019年 ’令和元年’ 12月18日 263回 杉原由美子)