なきむしせいとく 沖縄戦にまきこまれた少年の物語
作者の田島征彦さんは、40年以上沖縄に通って、そこを舞台にした絵本を何冊も作りました。そうやって、沖縄が親しい存在になるにつれて、肝心のことを描いていないと感じるようになりました。
田島さん自身、5歳の時に堺市で空襲に遭っています。それは、恐ろしい経験でした。けれども、地上戦の戦場となった沖縄では、ひと晩やふた晩どころか、3カ月以上も爆撃が続いたのです。もしそこに自分がいたとしたら、と想像して、この絵本が誕生しました。
お話は、1945年3月から始まります。主人公のせいとくは国民学校2年生、お父さんもお兄さんも徴用されて不在なのに、いよいよアメリカ軍が攻めてくるというので、お母さんと妹と一緒に南部へ逃げることになります。
持てるだけの荷物を背負って、昼は空爆を避けて身を隠し、夜はひたすら歩きます。ひと休みできそうな大きなガマ(洞窟)を見つけたと思ったら、日本軍が独占していて中に入れてくれません。ようやく入れたガマで眠りについたとき、せいとくは怖い夢を見て泣き出してしまいました。「こら、敵に見つかるじゃないか!」日本兵に怒鳴られて、せいとくは泣き止みますが、今度は驚いた赤ん坊が大声で泣き始めます。「泣き止まないなら、殺してしまえ」
赤ん坊は日本兵に殺されてしまいました。ぼくが泣かなかったら赤ちゃんは殺されなかったのにと、また泣いてしまうせいとくでした。
せいとくと妹は、この戦いで父も兄も母も亡くしますが、なんとか生き長らえて終戦を迎えます。10年後、せっかく収穫にこぎ着けた畑をブルドーザーに踏み潰され、そこは米軍の基地になってしまったのでした。
想像ではなく、沖縄で実際にあった事実がこれでもかと描き込まれています。せめて結末を明るくしたいと、そのタイミングを待っておられたと思いますが、残念ながら、田島さんがどんなに願っても、終戦から77年、本土復帰から50年経った今も、沖縄に真の平和が訪れたとは言えないのが現実です。
田島さんは、「子どもを怖がらせるのではなく、平和を願う心を伝えたくてこの本を作った」と述べておられます。平和を願う心があるのか、一人ひとりが問われています。
田島征彦 作 童心社 1,760円 (2022年 ’令和4年’ 6月26日 290回 杉原由美子)