セミくん いよいよ こんやです

 この夏休み、帰省するとかしないとか、顔は出すけど泊まらないとか、やはりなんだかんだと自己規制が働いてしまったのではないでしょうか。とにかく、人間界においては。セミくんたちはどうだったでしょうか。
 居心地のよい地下室でゆったりと過ごしていたセミくんに、ある日電話がかかってきます。「いよいよ今夜です」と。電話は、地上の友だちにもかかってきます。カブトムシやアオムシ、ミツバチ、スズムシ、ホタルたちです。待ってましたとばかりに、「いよいよ今夜か、お祝いの準備をしよう」と、それぞれの得意芸を持ち寄ります。
 住み慣れた部屋に別れを告げて、セミくんは地上に向かって長いはしごを登ります。地面に出たら更に木の幹につかまってよいしょよいしょと登り、ちょうど良い具合の葉っぱにしがみついて脱皮をするのでした。殻を破って出てきたセミくんの背中には立派な羽根が生えて、ついにあこがれの空中飛行に成功します。
 主賓を迎えたセミくん歓迎会は、飲めや歌えの大盛り上がりとなって、クライマックスはホタルチームによる華麗な空中舞踊会でした。
 一夜明けて「ミーン、ミーン、生きてるってうれしいな」と元気に鳴くセミくんなのでした。まさに命輝く瞬間です。
 作者の工藤ノリコさんの作品には、ノラネコぐんだんシリーズなどちょっととぼけた表情の生き物が登場します。そして、どの作品においても、生きることへの一生懸命さが伝わってきて、笑い飛ばして終わりにはできなくなります。
 この絵本でも、良かったねセミくん、と思うと同時になんとも切ない気持ちになってしまうのでした。それは、地下で何年も過ごすセミくんは、地上ではひと夏しか生きられないと私が知っているからです。
 今年は無理でも来年は帰省するから、と言える人間はまだ幸せです。我が家の庭では、ひと夏に多いときは200個以上のセミの抜け殻を発見します。その数倍以上の幼虫が、地面の下で「いよいよ今夜です」の日を待っているのです。歓迎会はできなくても、せめて環境を壊さないでおきたいと願っている私です。

工藤ノリコ 作 教育画劇 1,100円 (2022年 ’令和4年’ 8月28日 292回 杉原由美子)

毎日新聞/Web   プー横丁/TOP

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