すなはまのバレリーナ
副題に「エリアナ・パヴロバのおくりもの」とあります。エリアナさんは、今から100年ほど前、ロシア革命で急変した祖国を離れて世界各地を転々とし、支援者のいた日本で活動の場を見つけようとしたバレリーナです。
お話は、バレエのお稽古がつらくて泣き出した少女に、そのお母さんでありバレエの先生でもある女性が語りかける形で進んでいきます。少女の名は牧阿佐美、お母さんは橘秋子といいます。
橘秋子は1907(明治40)年生まれ、女性の洋服姿も珍しい時代に生まれ育ったにもかかわらず、エリアナさんのバレエ学校に入りたい一心で、教職を辞して故郷栃木県を出たのです。エリアナバレエ学校は神奈川県・鎌倉の七里ガ浜にありました。絵本のタイトルに「すなはま」とあるのは、この七里ガ浜のことで、バレエ学校の生徒たちは、このすなはまでも練習していたのです。
秋子も他の生徒もエリアナ先生の厳しい指導のもと、めきめきと力をつけて各地にバレエ教室もできたのですが、悲しいことに日本の対外戦争の時期とも重なり、エリアナ先生は、南京での慰問興行中に客死してしまったのでした。
戦争が終わった時、恩師も教室も無くして呆然としていた秋子が思い出したのは、「どこへいっても、なにももっていなくても、身につけたおどりは、一生の財産になるのです」というエリアナ先生の教えでした。
それはまた、娘の阿佐美にも伝えたいことでした。
バレエは、基礎練習が大切な芸術で、一朝一夕に習得できるものではありません。完成度は、演技者自身の鍛錬にかかっているのです。それが鑑賞者に伝わるのです。なんと厳しく、美しい造形作業でしょう。
バレエがこの国に伝わっておよそ100年、懸命に受け継いできた人々の情熱がひしひしと感じられる絵本です。
川島京子 作 ささめやゆき 絵 のら書店 1,760円 (2022年 ’令和4年’ 9月25日 293回 杉原由美子)