つるにょうぼう
今年5月~7月にかけて、富山県美術館(富山市木場町)で「こどものとも原画展」が開催されました。「ぐりとぐら」「おおきなかぶ」「だるまちゃんとてんぐちゃん」などの絵本は、なんと半世紀を超えて読み継がれているのですね。そして今月2日、その生みの親である福音館書店の編集長、社長を務めていた松居直さんが亡くなりました。
松居さんの仕事は、月刊絵本「こどものとも」の作家を発掘し、育てることでした。例えば赤羽末吉さんの「スーホの白い馬」も、最初は「こどものとも」の一冊でした。後年判型を変えてより雄大な世界にしたのが現在の「スーホの白い馬」です。
絵本は子どもだけのものではない、が持論の松居さんは、赤羽さんの力量をさらに豊かに表現した一冊を作りたいと、これまで描かなかった女性を主人公した作品、たとえば「つるにょうぼう」を作らないか、と提案しました。
雪国を舞台にできると赤羽さんは喜び、その描写にふさわしい5種類の和紙を用意して、あれこれ構想を練っては、松居さんに手紙で知らせてよこしていました。
一方、テキストを担ったのは矢川澄子さん。これは松居さんではなく、担当編集者の判断だったそうです。卓越した語学力で難解な文学書の翻訳に定評のあった矢川さんがなぜ日本の昔話の再話に起用されたか、私は今もってたいへん興味深く思っています。
読んでみて分かったことは、大人向きの鋭利な言葉の使い手である矢川さんの手にかかると、よく知られた昔話の「鶴の恩返し」は、たちどころに、時空を超えた痛々しいまでの悲恋物語に結晶するということでした。それはもちろん、赤羽さんの奥深い絵があってこそで、奇跡的な融合だと思います。
矢川さんは後にも先にも、これ以外には昔話の再話はなさっていないと思います。矢川さんにとっても、「一度きりですよ」の渾身のお仕事だったのではないでしょうか。
どうか手に取ってご覧になってください。そして声に出して読んでみてください。松居直という稀代の編集者が作り上げた極上の一冊です。合わせて、松居直さんのご冥福を祈ります。
矢川澄子再話 赤羽末吉画 福音館書店 1,320円(2022年 ’令和4年’ 11月27日 295回 杉原由美子)