黒部の谷の小さな山小屋

 タイトルにある「小さな山小屋」とは、富山県の阿曽原(あぞはら)温泉小屋(標高860㍍)、黒部川上流、田渕俊夫画伯が描いた秘境「十字峡」のやや近くに位置する季節限定の宿泊施設のことです。初夏に組み立てられ、7月以降から営業、そして雪が降る直前10月には解体し、部品をトンネル内で冬眠させます。
 絵本を開くと、土台の上に小屋が着々と組み立てられていく様子が分かります。温泉にはお湯が引かれて、組み立て作業にあたった山男さんたちがにこにことお湯につかっているところも見られます。
 でも、年によっては、雪崩のせいで登山道が破壊されていることもあります。その場合は、断崖絶壁を削って道を造り直すことから始めます。本の中では、その様子も克明に写し出されています。ドキドキする場面です。ここに、ほんとに行って写真を撮ってたんだ、と感動します。著者自身もベテランの登山家だからできることなのです。
 すごい本ができたと思ってフェイスブックに載せたら、早速ご注文が入りました。なんと、「この絵本の撮影現場に夫がいたので…」とのこと。数年来定期ものを購読してくれているお子さんたちのパパが、かくも勇敢で心優しい山男さんのお一人だったとは。なんか、心強くうれしい気持ちになってしまいました。
 私も、昨年のちょうど今ごろ、黒部へ行きました。黒部峡谷トロッコ電車に乗り、途中の鐘釣駅(443㍍)で途中下車。残雪を眺めながら黒部川に手足を浸し、流れてくる熱々のお湯の温もりを確かめました。このトロッコ電車の終点は欅平駅(559㍍)。阿曽原温泉小屋までは、12㌔あります。
 また、日を改めて、黒四ダムへも行きました。富山地方鉄道立山駅(475㍍)からケーブルカーで美女平(977㍍)へ、高原バスに乗り換えて室堂(2450㍍)へ、そこでトロリーバスに乗って立山の地下をくぐって大観峰(2316㍍)に達したら、あとはロープウェイとケーブルカーでダム堰堤(えんてい)(1470㍍)まで下ろしてもらいます。黒四ダムから阿曽原温泉小屋までは、19㌔。
 つまり、どこから行こうと思っても素人には困難なのです。
 少し前に、立山黒部に冬期間も観光客を呼び込もうという構想があったのですが、スイスアルプスの積雪量はせいぜい3㍍なのに対し、立山黒部は最深約20㍍。これは、ヒマラヤ山脈に匹敵するということで、立ち消えになりました。
 そんな過酷な環境にあるにもかかわらず、いや、過酷な環境だからこそ、この小屋を必要とする登山家は絶えません。行ける時に行けるところまで行けばいい。山はいつでも待ってくれています。

星野秀樹 写真・文 アリス館 1,760円(2023年 ’令和5年’ 6月25日 302回 杉原由美子)

毎日新聞/Web   プー横丁/TOP

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