旅するわたしたち

 前回の『戦争が町にやってくる』と同じ、ウクライナ在住のロマナさんとアンドリーさんご夫婦の作品です。副題に「On the Move」とあって、「移動する」もしくは「移動させられる」わたしたちを描いています。
 生まれ落ちた瞬間から、わたしたちは動いています。動くことは自然なことで、喜びでもあります。自分の足だけでなく、スキーやスケートや自転車、自動車、船、飛行機、ロケットに至るまで、人間はあれこれ工夫を重ねては、移動範囲を広げてきました。
 動くのは人間だけではありません。鳥も魚も動物も、何の道具も使わずに何万㌔も移動します。彼らは食物と子孫を残すのにふさわしい環境を求めて命がけで移動します。アラスカからニュージーランドまで、不眠不休で11日間飛び続けたシギもいるそうです。
 絵本は見開きごとに、左から右に向かって流れるように古代から現代へと進み、空間設定は地上、深海、宇宙に及びます。卓越したデザイン力で、図鑑並みの複雑多岐にわたる情報を一見シンプルに感じる画面に集合させています。ダイナミックな構成、透明感のある原色を多用したあくまでも明るい色彩。読むうちにうきうきとして、自分もどこまでも旅して行けるような気持ちになります。
 絵本の中ほどに「国境ってへだてる線ではなくて、出あうための線かもしれない」という一文が出てきます。実例として「アメリカとカナダの国境線に建つ図書館は、入り口はアメリカにあるけど、本があるのはカナダ側」なんて書いてあってびっくりしました。そういう場所もあるのかと感心すると同時に、それとは反対の、侵略・征服、それに伴う難民の発生といった負の動きも描き込まれていることにも気づきます。
 現実に、8月に転勤したばかりのエルサレムから急きょ帰国せざるを得なかった知人の家族がいます。地元の学校と生活に馴染み始めていた子どもたちは「帰りたい」と言うのだそうです。つらいですね。
 絵本の中で、旅人はふるさとに帰り、また再び旅に出ます。自分の意志で、自分の行きたい方に向かって。日本語のほか14の言語訳が出ています。自由に動ける平和な世界を希求して、世界中の人々が読んでいます。

ロマナ・ロマニーシン / アンドリー・レシヴ 作 広松由希子 訳 ブロンズ新社 2,420円
(2023年 ’令和5年’ 10月29日 306回 杉原由美子)

毎日新聞/Web   プー横丁/TOP

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