わたしのベッシーちゃん

 ベッシーちゃんというのは、絵本作家石川えりこさんのおばあちゃんのことです。えりこさんはおばあちゃんのことが大好きで、おばあちゃんの子守唄を聞くと不思議と、安心して眠れるのでした。そしてある日のこと、その子守唄が日本語ではなく、英語らしいことに気づきました。「どうして英語でうたえるの?」とたずねたことで、おばあちゃんの出生の秘密が明らかになっていったのです。
 出生の秘密、といったらドキドキしますね。べつにミステリーはなくて、えりこさんの曽祖父母が移住先のカナダで子どもを産み育てたという背景があったのです。ベッシーちゃんは、学齢に達したとき、単身日本に渡り、まもなく戦争が始まって、カナダに帰れなくなってしまったのでした。親元に帰らずに成人して、子や孫を持つことになったベッシーちゃんの人生は、ドキドキの連続だったことでしょう。そこのところは、絵本には、描かれていませんが。 
 孫である石川さんは、ご自身が年齢を重ねるにつれて、おばあちゃんが出合ったであろう苦難の数かずを理解していかれたのだと思います。私が、会ったことのない祖母のことを、歳をとればとるほど身近に感じるようになったように。 
 私の祖母は、私が生まれる数年前に亡くなっていました。「産婆さんだった」経歴だけは父から聞いていましたが、小5のときの担任から「私はあなたのおばあちゃんにとり上げてもらったんですよ」といわれて、初めて現実味がでてきたのでした。その先生は、私の母と同い年だったから、なんの不思議もないわけですが、単なる「歴史上の人物」に過ぎなかった祖母が急に身近になったのでした。 
 「産婆さん」になるために、東京にまで勉強に行った祖母。地元では腕のいい産婆さんと引っ張りだこで、いつも自転車で駆け回っていたこと。戦後すぐの選挙では村会議員に選ばれたこと。でも、長男をビルマ戦線でなくしていること…。自分が年齢と経験を積んで、初めて実感として迫ってくる、祖母の人生。私に、書き残す力があればよかったと、残念に思います。 
 えりこさんは、おばあちゃんがベッシーちゃんと呼ばれていたころの、平和で幸せな日々を描き残せてよかったと思います。

石川えりこ作 アリス館 2026年刊 2090円
(2026年 ’令和8年’ 9月9日 322回 杉原由美子 )

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