ふしぎなやどや

 今から千年くらい前の中国の、これは、怖いお話です。
 あるところに、趙(ちょう)という若い旅商人がいました。あちこち流れあるいて、 板橋(はんきょう)という町にたどり着いたとき、趙はこんなうわさを思い出しました。「板橋では、三娘子(さんじょうし)というおかみさんがやっている宿に泊まるといい。もてなしがいいし、しんせつだ。」
 行ってみると、うわさは本当でした。三娘子はきりりとした美しいおかみさんで、1人でてきぱきと働いてお客にごちそうをすすめていました。上機嫌で眠りに付くお客たち。しかし、なぜか趙だけは、 なかなか寝付けません。すると、夜も更けたというのに、隣りのおかみさんの部屋にあかりがともる気配がします。かべのすき間から趙が見たのは、ふしぎな術を使って人形をあやつり、怪しげなソバもちを作る三娘子の姿でした。
 夜が明けて三娘子は、そのソバもちを朝食に出してきました。間一髪、宿を抜け出していた趙以外の客はみな、ソバもちを口にして、ロバに姿を変えられてしまいました。一部始終を見届けた趙は、ある決心をして町を出ました。
 次に板橋の町に来たとき、趙のふところには、三娘子が作ったのとそっくりのソバもちが2つ、入っていました。そして、まんまとソバもちをすり替えて、今度は趙が、三娘子をロバに変えてしまったのです。
 唐代の伝奇物語を再話して、井上洋介の凄みたっぷりの絵をつけたら、こんなに怖くて愉快な絵本になりました。私は大好きな絵本の1冊なので、子どもにも読んでやろうとするのですが、「だめー、こわいー」と、断られてしまいます。なにが怖いのでしょうね。ソバもちで人をロバに変える三娘子か、その三娘子をロバに変えた趙か、はたまたロバ三娘子の正体を見抜いて、笑いながら術を解いてやった仙人か。
 読み終わってみれば、広大な土地で多数の民族が入り混じり、重厚な歴史を織り続けている中国という国が、いっそう興味深く思えてくる、魅力ある絵本だと思います。

長谷川摂子 文 井上洋介 絵 福音館書店 1,365円
(2008年 ’平成20年’ 8月20日 136回 杉原由美子)

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