ぬすみ聞き
南北戦争前夜のアメリカが舞台です。
黒人の少女エラ・メイは、毎日夜明けとともに家族と綿花を摘みにでかけます。休みなしにお昼まで働いて、お弁当を食べたと思ったらまた仕事です。炎天下での綿花摘みは大人でもつらい作業です。エラ・メイのかごはなかなかいっぱいになりません。でも、たくさん摘んで帰らないと監督にムチでぶたれるのです。エラ・メイのお父さんは、自分の摘んだ分をこっそりエラ・メイのかごに入れてくれました。
とっぷりと日が暮れてから、ようやく家路につきます。そして夕飯のあとにも、エラ・メイにはたいせつな仕事があります。それが、ぬすみ聞きなのです。
ぬすみ聞きとはまた穏やかならぬ、犯罪の匂いのすることばです。なぜそんなことをしなければならなかったのでしょう。
奴隷の雇い主たちは、奴隷たちに何も相談しません。賃金も勤務地も労働内容も。突然、 他の雇い主に奴隷を売り払ってしまうことさえあります。その奴隷に家族がいてもお構いなしです。奴隷たちは、少しでも早く情報を得るためにぬすみ聞きをして、仲間と伝え合っていたのです。ぬすみ聞きは、読み書きを学ぶ機会を奪われていた奴隷たちにとって、唯一の情報獲得の手段でした。
ある晩のこと、いつものようにお屋敷の窓の下で息をひそめているエラ・メイに、だんなさまの声が聞こえてきました。
「スペンサーのところから、うちのウィリアムを買いたいといってきた。あっちじゃ男の奴隷が足りんらしい」
エラ・メイの息が止まりそうになりました。ウィリアムはエラ・メイのお父さんなのです。去年は、友だちのスーのお父さんがどこかに売られていって、それっきりスーはお父さんに会っていません。
「やつを手ばなしたりするもんか。綿摘みかけちゃ1番だし、機械にも強い」
どうやらエラ・メイのお父さんはどこへも行かずに済みそうです。でも、いつ何時、家族をばらばらにされるか分からないのが奴隷の運命でした。
お話の終盤、エラ・メイは、リンカーンが大統領に選ばれた、というニュースを持ち帰ります。お父さんは喜びながらも、これからも力をかしてほしいと子どもたちに伝えます。
今回は、訳者のもりうちすみこさんが、プー横丁にメッセ-ジ寄せてくださいました。その一部をご紹介して、 締めくくりといたします。
「かつて不幸にも奴隷にさせられた人々がいて、解放のための長く厳しい歴史があったことを知った読者が、今、自分たちは奴隷ではないのだから、決して奴隷のようになってはいけないし、人を奴隷のようにしてはいけないと、身近な場面で改めて考えてくれたら、この本がさらに生きるのではないかと思います。」
グロリア・ウィーラン 文 マイク・ベニー 絵 もりうちすみこ 訳 光村教育図書 1,680円
(2010年 ’平成22年’ 7月21日 157回 杉原由美子)