わすれたって、いいんだよ

 るりのおばあちゃんは沖縄生まれです。るりの生まれるずっと前から、神奈川県で沖縄料理のお店を続けてきました。 「なんくるないさー」という名前の小さなお店には、おばあちゃんの作る沖縄料理を楽しみに、お客さんが来てくれます。 お客さんが喜んで食べてくれるので、手伝っている、るりとるりのお母さんも幸せでした。
 ある日のこと、お客さんが「ムーチー」を注文しました。ムーチーとは、 笹の葉を大きくしたような月桃の葉で包んだ「チマキ」のような食べ物です。ところが、「ごめんね、それは、作れないんだよ」と言って断ってしまいます。おばあちゃんが作れない沖縄料理があるなんて、とるりはショックを受けます。
 おばあちゃんについては、もう一つ、るりがふしぎに思っていることがあるのでした。それは、おばあちゃんの誕生日です。 おばあちゃんは、家族みんなの誕生日にごちそうを作ってくれるのに、自分の誕生日は、「忘れたさー」と言うのです。 そんなことってあるのでしょうか。
 元気だったおばあちゃんが、だんだん物忘れするようになり、とうとう認知症と診断されました。お料理も作れなくなったおばあちゃんが、 ふと「ムーチーが食べたいねえ」と言ったのです。お母さんは、ムーチーに使う月桃の葉を沖縄から取り寄せました。そして、 おばあちゃんの誕生日にたくさんのムーチーを作って、お客さんたちといっしょにお祝いをしたのでした。
 おばあちゃんが、初めての誕生日を迎えたころ、沖縄は戦火の真っ只中にありました。その日、せめてムーチーを作って食べさせようと、 月桃の葉を摘んでいたおばあちゃんのお母さんが、撃たれて亡くなっていたのです。
 「わすれたって、いいんだよ」というタイトルには、「忘れてはならないことは確かに引き受けましたよ」 という覚悟が込められているのですね。作者の上條さんは、現在、父祖の地である沖縄に移り住んで、創作を続けておられます。

上條さなえ 作 たるいしまこ 絵 光村教育図書 1,404円  (2015年 ’平成27年’ 6月17日 211回 杉原由美子)

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