ゴリラが胸をたたくわけ
山極寿一氏は、京都大学の総長で、何を勉強されているかというと、「サル」です。始めは「ニホンザル」専門でしたが、同じ霊長類でも、ヒトに近いゴリラに関心を持つようになり、 生息地である中央アフリカへ行って、間近に観察するようになりました。
山極氏も30年くらい前、初めてゴリラのドラミングを聞いたときは緊張したといいます。当時は、ゴリラのオスは、敵に遭遇したとき威嚇するためにドラミングをすると考えられていたからです。 敵はどこにいるのか、自分がまき込まれることもあるのだろうか。不安な思いで耳を澄ませていると、どこからか、別のドラミングが聞こえてきました。ドラミングは、威嚇ではなく、 お互いの位置を確かめ合うための通信手段だったのです。
「ポコポコ」と音を出すことができるのは、大人のオスだけです。でも、胸をたたく仕草は、メスも、子どものゴリラも行います。何のためかというと、コミュニケーションの方法なのです。 「いっしょに遊ぼう」「楽しいね」「わたしのこと、見てよ」「ぼく、強そうでしょ?」などなど。ゴリラたちは、そうやって、さかんに意思表示をして生活しているのです。
656万年前までさかのぼれば、ヒトとゴリラは同じ動物です。ゴリラが胸をたたくような、簡潔で正直な感情表現は、ヒトにはもうできないのでしょうか。いえいえ、大丈夫です。例えば、先日、 私は富山県南砺市で、アフリカの楽器「ムビラ」のコンサートを聞いてきました。オルゴールの本体のような楽器で、両手の親指で鍵盤をはじいて演奏するので、「親指ピアノ」とも呼ばれます。ひょうたんを使った共鳴箱に取り付けると、鮮明でいて重厚な音色になります。軽快なリズムも気持ちよくニコニコ聞いていたら、突然、という印象で演奏者が歌い出しました。わ、歌もあったんだ、 とびっくり。ジンバブエ、ショナ民族の言葉ですから、意味は分かりません。でも、その魂を込めた歌声から、聴衆と、それを取り巻く諸々の平和と幸せのために歌っている、ということが伝わってきます。 歌であり、祈りなのです。音楽の始原の形だと思いました。ゴリラの「ポコポコ」もムビラの「ポロンポロン」も根っこは同じです。ヒトも、きっとゴリラのように上手に生きられるはずです。
山極寿一 文 阿部知暁 絵 福音館書店 1,404円 (2015年 ’平成27年’ 11月18日 216回 杉原由美子)
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