つちはんみょう
「つちはんみょう」という昆虫がいます。大きなアリ、のようにも見えます。成体は、藍色のつやつやした体です。昆虫にしては珍しく たくさんの卵を産むのですが、それは、生き残りにくい宿命を負っているからなのです。
子どものころ、田舎道を、花を摘みながら家に帰ったりしていましたが、 せっかく摘んだ野の花に小さな芋虫がうじゃうじゃくっついていて、思わず投げ捨ててしまったことがありました。私にしてみたら、 きれいな花を台無しにした気持ち悪い虫、以外の何物でもなかったのですが、実は、このうじゃうじゃが、 つちはんみょうの幼虫だったのです。なぜ花にしがみついていたのか、この絵本のおかげで理解できました。
春、つちはんみょうは土の中に卵を産みます。一か所に4000個も産みます。ひと月後に孵化して地上に出た幼虫たちは、 早速しがみつく相手を探します。ハチでもチョウでも、とりあえず、花粉をつけている花の上に運んでもらいたいのです。 与えられた時間はきっかり4日間。その間にベストパートナーであるヒメハナバチに出会う確率は、 おそらく1%くらいだろうと推定されています。ほとんどのつちはんみょうは、幼虫のまま土に還るのです。でも、 ヒメハナバチにしてみれば、しがみつかれて運悪く巣穴に運び入れたら最後、 自分の作った花粉団子とそれに産み付けた大事な卵を食べられてしまうのですから、とてもこれ以上仲良くなんかできないのです。
作者の舘野さんは、この絵本を、構想から完成まで10年を費やして作りました。 それでも、虫たちの暮らしのすべてを見ることはできないので、想像して描かれた場面もあります。 そこは、日本のファーブルとも称えられる熊田千佳慕さんのお弟子さんでもあり、生き物たちの姿はあくまでも緻密で美しく、 ストーリーは劇的で余韻が残ります。
花は好きだけど虫は苦手、などと決めつけないで、どうしてここにいるの? これからどうするつもり? と、 じっくりながめるくらいの余裕を持とう、これからは。
舘野鴻 作 偕成社 2,160円 (2016年 ’平成28年’ 6月22日 223回 杉原由美子)