彼の手は語りつぐ
原書のタイトルは「ピンクとセイ」です。登場する2人の少年の愛称です。2人は、どちらも南北戦争で北軍に従軍しました。 脚を負傷して動けなくなったセイを担ぎ上げて自宅へ運び込んでくれたのがピンクでした。ピンクの母親が熱心に看病してくれたおかげで、セイは快復し、 歩けるようになります。しかし、所属部隊に帰ろうとする二人を庇ったために、母親は南軍の兵士に撃たれて亡くなってしまいます。そして、 北軍の部隊に合流できなかった2人は南軍の捕虜となり、白人のセイは辛くも生き延びますが、黒人のピンクは処刑されてしまったのでした。
作者パトリシア・ポラッコは、1944年アメリカ合衆国ミシガン州生まれで、この作品を世に出したのは50歳のときです。 南北戦争からは130年もの時を隔てているのに、なぜ絵本にしたのでしょうか。それは、生き延びた少年セイの思いを伝えるためです。 セイは、パトリシアのひいひいおじいさんなのです。
ピンクの家で養生しているとき、セイは、黒人のピンクが聖書を朗読するのを聞いてたいへん驚きます。 「君は本を読めるのかい?ぼくは読めないんだ」と。ピンクは奴隷でしたが、主人に見込まれて、読み書きを習得させてもらっていたのでした。 「おれが教えてやるよ、いつか、きっとな」。ピンクはこうも言いました。「奴隷に生まれるってことは、苦しみがどっさりってことなんだ。でも、 読み書きを教わってから、おれはわかったんだ。たとえ奴隷でも、自分のほんとうの主人は、自分以外にはいないっていうことを」
読み書きが不得手だったひいひいおじいさんは、勇敢で賢かった黒人のピンクと彼のお母さんの存在を忘れないために、 自分の子どもたちにくり返し、この体験を語りました。子どもは孫に、孫はひ孫に語り継いで、とうとう5代目のパトリシアが絵本にして、 世界中の子どもたちに語り継ぐことになったのです。
この作者の絵本は、以前にも、『ありがとう、フォルカーせんせい』『チキン・サンデー』『がらくた学級の奇跡』をご紹介しています。 一貫して、人間として守りたい大切なことを描いています。ひいひいおじいさんからの伝言、これからも確かに受け継がれていくと思います。
パトリシア・ポラッコ 作 千葉茂樹 訳 あすなろ書房 1,728円 (2016年 ’平成28年’ 12月21日 229回 杉原由美子)