大きな大きな船

 この絵本は、「おとうさんだいすき」というシリーズの2巻目です。でも、「おとうさんだいすき」という言葉は出てきません。 それどころか、「ぼく、父さんに母さん役までやってほしいと思わないよ」と、お父さんに対してやや挑戦的なひと言でおはなしは始まります。 なに、なにがあった、と、思わず引き込まれる幕あけです。
 「ぼく」のお父さんは最近まで海外出張していたようです。大企業のエンジニアなのか、そういう人は、 いったん出かけるとなかなか帰国できないんですよね。行き先も、少々キナ臭い国や地域だったりするから、家族も連れて行けない。
  「ぼく」のお母さんは、家事もきちんとこなし(料理が上手だったと書いてある)、子育てもバッチリだし(「ぼく」が叱られたことも、 遊んでもらったことも描いてある)、なんといっても美人(に描いてある)だし、申し分ない女性でした。それなのに、 長いことほったらかしにしていたお父さんは、とうとう、愛想尽かしされてしまったようです。
 罪滅ぼしモードに陥りがちなお父さんに、「ぼく」は、「父親ってさ、でーんと男らしくしてればいいんじゃない?」と、 それはそれで無理難題をふっかけてきます。苦し紛れに「もう、そんな時代じゃないぞ」と答えると、 「父さん、今の時代を好き?」なんて、突っ込んでくる息子なのでした。その辺りから、お父さんは態勢を整え始めます。 「こいつ、もうちびじゃないんだ」と。
 二人にとってかけがえのない、そして唯一の共通の話題はお母さん。「母さんが口笛吹くときは、ちょっと男の子っぽかったな。 聞いたことある?」そして「ぼく」が口笛を吹き始めると、みるみるお父さんの表情が変わります。 失くしたものの重みがやっとわかった瞬間だったのです。
 「父の提案。これから船を見に行こう。イギリスから大きな船が港に来ているんだ」。ここからは完全にお父さんがリードします。 「思いっきり、かっこつけて行くぞ。港通りを歩くんだからな」
 ほーっと、ため息が出るくらいに「かっこつけた」お父さんとぼくが、大きな船をバックに港通りを闊歩しているところで幕切れです。
 お母さんが口笛で吹いていたのは「ラ・メール」だという設定です。おしゃれで、もの悲しくも、壮大にも展開していく、 シャンソンの名曲です。お父さんにはどうあってほしいか、なんとなくわかってくる絵本、一家に一冊必備です。

長谷川集平 作 ポプラ社 1,296円  (2017年 ’平成29年’ 7月19日 235回 杉原由美子)

毎日新聞/Web   プー横丁/TOP

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