森のおくから
この絵本には、ほんとうにあったことが描かれています。
表紙の絵にも、なんとなく場所と年代が感じられますよね。場所はカナダのオンタリオ州、時は1914年。そして、木の幹からこちらをうかがっている少年は、 作者レベッカ・ボンドさんのおじいちゃんです。
おじいちゃんのアントニオは、子どものころ、森を切り拓いたところに建てたホテルに住んでいました。木造ながら、3階建ての堂々たる構えのホテルでした。 1階には、台所と、大きな食堂がありました。2階は客室で、泊まりがけで釣りや狩りを楽しみたい人たちが利用します。3階は、1フロアに2段ベッドがずらりと並んでいて、 腕に自慢のプロの猟師や職人たちが長期間泊まります。そこで話されるのは、フランス語、英語、アメリカインディアンの言葉、とさまざま。でも、 みな仲良くおしゃべりしたりトランプしたり、楽器を奏でたり。幼いアントニオもその雰囲気を楽しんでいました。もちろん、森を散歩することも大好きで、 森には動物が動き回っている跡がいっぱいあるのに、姿を見せてくれないことを残念に思っていました。
アントニオが5歳になろうという夏のある日、ホテルの窓から森を見ていたお客の一人が、「火事だ!」と叫びます。
その年は雨が少なく、森は乾燥し切っていました。一度火が出たら止められない状態だとみな知っていました。そうなると、逃げ場は、大きな湖しかありません。 老若男女、生まれたばかりの赤ちゃんもお母さんに抱かれて湖に入りました。煙におおわれて空が真っ暗になると、時間も分からなくなりました。
そしてなんと、 燃え続ける森のおくから、動物たちが湖を目指して逃げてきたのです。ウサギやキツネなどの小動物ばかりでなく、シカやクマや、オオカミまでもが。 火は何時間も燃え続けました。その間、人間も動物も肩を寄せ合って、その息遣いや体温を間近に感じながら過ごしたのです。
そして、ようやく火がおさまったとみるや、 動物たちは森へ帰って行きました。来る時も帰る時も、それがごく当たり前のようにして。
「いっしょに生きよう」と言葉にしなくても、確かにいっしょに生きているのです。この地球上で、すべての生きものは。
稀有な体験をしたアントニオは、それを自分の子どもに伝え聞かせ、孫のレベッカさんが絵本に結晶させました。それからまもまく、残念なことに、 レベッカさんは45歳という若さで、この8月に亡くなりました。
レベッカ・ボンド 作 もりうちすみこ 訳 ゴブリン書房 1,512円 (2017年 ’平成29年’ 10月25日 238回 杉原由美子)