つくえはつくえ
お話はこうです。幼児から少年にさしかかった年齢の子どもが、ふっと「ぼくのつくえ、せまい気がする」とつぶやきます。 すると父親が「気がするんじゃない、せまいのだ」と断言して、「広いつくえを作ってやろう」と、広い広いつくえを作ってくれます。
広いつくえは本当に広くて、友だちがいっしょに使ってもだいじょうぶ。友は友を呼び、つくえはいつしか運動場ほどにも広くなり、 数えきれないほどの子どもが集まってきて、つくえの上でひしめき合い、押し合い圧し合いして、とうとうつくえの持ち主の子どもがはじき出されてしまいます。
子どもがぼうぜんとして「広いつくえはせまいね」とつぶやくと、父親は「わからんことをいうぼうずだ」と言いながらも「では、もういっちょ作るか」と、 今度はせますぎず広すぎず、ちょうどいい広さのつくえを与えてくれたのでした。
読後、私は、友人のお父さんの話を思い出しました。友人が中学生くらいの時、「字を調べるだけじゃない事典がほしい」とつぶやいたら、 翌日、自宅に平凡社の世界大百科事典全35巻が届いていた、という話です。
友人が欲しかったのはせいぜい全5巻ほどの「物知り事典」風のものだったのですが、 お父さんは張り切って世大(業界ではそう呼ぶ)を注文してくれたのですね。「ぼうぜんとした」と、知人は語っていました。友人のお父さんは、 広すぎるつくえを作ってしまったといえます。
絵本にもどります。最終ページで、子どもはちょうどいい広さのつくえに喜んでいます。でもね、裏表紙には、 早くもモノが増えて満杯状態のつくえが描かれています。どうなるのかな、きっと次は自分でなんとかするんだろうな、と暗黙の了解をさせる結末です。
それくらいに、読み終わったとき、人間への信頼感が育っているのです。作者の五味太郎さんの、絵と言葉による魔法です。 極力、説明や情緒を抑えた表現をしているのに、最後は、ああよかった、と思えるのです。なんども読んで、心を温めたくなります。
広すぎるつくえを与えられた友人も親孝行して、つい最近96歳のお父さんを看取りました。
五味太郎 作 偕成社 1,296円 (2018年 ’平成30年’ 6月20日 246回 杉原由美子)