ありがとうのえほん

 今日、だれかに「ありがとう」って、言いましたか?言えてたら、いい日ですよね。なにか、いいことをしてもらって、 それにお礼を伝えることができたわけだから。「ありがとう」は、言うほうも言われるほうも、ちょっとうれしくなることばです。
 では、生まれて初めて「ありがとう」を言ったときのことを覚えていますか?そんなもん覚えとるわけないやろ、 とだれもが言うかもしれません。でも、まだ幼かったころに「ありがとう」と言いたい気持ちになった最初のシーンは どれだっただろうと、思い返してみるのは悪くないです。もしかしたら、「ありがとう」という言葉をまだ知らなかったかもしれません。 気持ちは「ありがとう」、でも、声に出せなかった。私には、そういう記憶があります。
 小学校に入って初めての遠足のとき、母はリュックサックにバナナも1本入れてくれました。 お寺の軒先を借りてお弁当の時間。バナナを取り出した私は固まってしまいました。どこからどうやって皮をむくのか、 知らなかったのです。甘えん坊だったバチがあたりました。
 バナナを手にしてじっとしている私に、 となりに座ったK子さんが声をかけてくれました。「むいてあげようか?」とっても自然な、やさしい声かけでした。 そのとき、自分が「ありがとう」をちゃんと言ったかどうか、残念ながら記憶がないのです。
 それをいつまでも覚えているのには、訳があります。K子さんのお母さんは美容師でした。 私は、K子さんのお母さんの美容室で髪を切ってもらっていました。遠足からしばらくたったある日、 私はお客として美容室の椅子に座っていました。K子さんは自宅と美容室を行ったり来たりして、 お母さんの頼んだ用事を片付けているのでした。
 「〇〇したよ~」とK子さんが報告すると、お母さんははさみを使いながら 「ありがとう」と返事をしているのでした。私は、この「ありがとう」に俄然反応しました。 「家族なのに、しかも親が子に『ありがとう』を言うのか」と。私は、遠足でバナナの皮をむいてもらったのに ろくにお礼も言わなかった(のではなかったか)と、ひどく恥じ入ったのでした。
 前置きが長くなりすぎました。「ありがとう」は、その気持ちがあれば、いつだれに言ってもいいのです。 言わないで後悔するくらいなら、じゃんじゃん言っておくとよいでしょう。この絵本が、とてもいい手引書になります。

フランソワーズ 作 なかがわちひろ 訳 偕成社 1,296円  (2018年 ’平成30年’ 12月19日 252回 杉原由美子)

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