ひろいひろいひろいせかいに
20年前、『百まいのきもの』という絵本をこのコーナーでご紹介しました。学校へ、毎日同じワンピースを着てくる少女が「あたし、うちに百まい、きものもってるわ」と口にしたため、いじめの標的になってしまうというストーリーでした。ポーランド移民だった少女は、一風変わった名字だったため、それをいじめの種にされないかと親が心配しているという場面もありました。
私は、当時、友だちづきあいに苦労している中学生が身近にいて、なにかヒントにならないかという思いを込めてご紹介したのでした。
今回の絵本は、同じ画家による作品です。
「そらには ほしがいーっぱい まちには くるまがいーっぱい」と始まります。いっぱいあるのは、人も動物も、木も花もいっしょ。子どもたちが好きな、イヌやネコやピエロさんもいっぱい登場します。
墨色の下絵に、マゼンタ、イエロー、シアン、ごく一部にグリーンを使って、さささっと色付け。軽いタッチながら、どのページにも温かいユーモアがあり、描かれたたくさんの人やモノひとつひとつを眺めたくなります。言葉も簡明で、声に出して読めば、流れるような調子が心地よいです。
そして、最後の問いかけ「だけど…」に、期待感が高まります。そして、「あなたはひとり あなたしかしない」「わたしはひとり わたししかいない」の結びに、満足感いーっぱい、になります。
幼い時、この絵本をくり返し読んでもらえる子は幸運です。自分で読めるようになってからも、読み終わるたびに「わたしはひとり ひとりしかいない」と確認できることになります。それが度重なることで、幸せ感が充電され、ちょっとやそっとのことでは自分を否定しなくなるのではないでしょうか。
作者のルイス・スロボドキンは、1903年アメリカ生まれ、その名で連想されるように、両親はウクライナ生まれです。『百まいのきもの』は44年にアメリカで初版が出て、10年後、石井桃子さんの訳で日本で出版されました。『ひろいひろいひろいせかいに』は55年初版、邦訳は先月出たばかりです。世界中で、スロボドキンさんの絵本が、まだまだ必要とされているのだなと思います。
ルイス・スロボドキン 作 木坂涼 訳 偕成社 1,320円 (2020年 ’令和2年’ 9月16日 271回 杉原由美子)