とこちゃんはどこ
1月25日、この絵本の作者、松岡享子さんが86歳で亡くなられました。松岡さんは、主に英語圏の絵本・児童書の翻訳において多大な貢献をされたと思いますが、私は『とこちゃんはどこ』をご紹介します。
タイトルの通り、とこちゃんはどこにいるのかを探し出す絵本です。見つけやすいように、とこちゃんはいつも赤い帽子をかぶっています。とこちゃんは3歳くらい。好奇心旺盛で、ちょっと目をはなすとすぐにどこかへ行ってしまいます。市場とか動物園とか、海水浴場、お宮さんのお祭りなど、いかにも賑やかで紛れ込んだらちょっとやそっとでは見つからないような場所が舞台になっています。
これは日本の庶民文化を愛した加古里子さんの得意分野でもあり、読者もとこちゃん探しを忘れて、懐かしい風景の中に描き込まれた人やモノや動物を、つい楽しんでしまいます。しかしその画面のどこかには、とこちゃんの保護責任者であるお母さんか、お父さんか、おばあちゃんの必死の形相が必ず描かれているので、「ああ、そうだった、とこちゃんを探さねば」と初期の目的が思い出されるのでした。
さんざん探し回ってくたびれ切った大人と、大満足の表情のとこちゃんが家路につくところで各回が完結します。
季節の移ろいも取り入れてあり、最後の設定は、「春にようちえんに入るとこちゃんのために、ようふくとくつをかいにいく」デパートです。うわ、デパートの中でとこちゃん探しするのかと、考えただけでドキドキワクワクします。
加古さんの躍動感あふれる絵がこの絵本の魅力だと長年思っていたのですが、読み返してみて、松岡さんの隙のないきっちりとした文章の組みたてに気づきました。子どもたちを引きこみ、こころ弾ませて、ほっと安心させる、ほんとうに遊びに行ってきたような気持になれます。松岡さんは、作品ができたら必ず声に出して読んでみる、を信条とされていたそうで、どおりで読み聞かせにもぴったりなんですね。
私は、この絵本を学生時代に買っていました。子育てにも活用し、親元を離れて久しい長女が最近くれたメールに「私は永遠のとこちゃんでいたいと思います」とあってドキリとしました。とこちゃんの絵本が大好きだった長女は一人旅が趣味。親には大抵、行って帰ってきてから報告があります。お母さんはもう探しにいけないかもしれないから、どうか、笑顔でとことこ帰っておいでね。
松岡享子 文 加古里子 絵 福音館書店 990円 (2022年 ’令和4年’ 2月16日 286回 杉原由美子)