はっぴーなっつ

 季節の訪れを体いっぱいに感じた幸せ感、記憶にありますか?
 富山県砺波地方の、田んぼに囲まれた住宅から30分くらいトボトボ歩いて小、中、高校に通っていた私は、歩きながら季節の変わり目を感じるのが好きでした。今頃なら、田んぼが文字通り水田になります。水田の中に、屋敷林に囲まれた農家が湖に浮かぶ島のような姿で建っています。夕焼けを一斉に映し出した田んぼを「ああ、きれいだな」と眺めながら歩いていると、家に帰り着く頃には夕闇に紛れてしまうのでした。田植えが始まると様相は一変して、青あおとした稲の勢いに圧倒されるようになると、その頃はもう、真夏なのでした。
 この絵本には田んぼや畑は出てきません。もっと自然な、こうあったらいいなと思える森や海や原っぱが舞台になっています。登場人物も、女の子のようでもあるけれど、しっぽがついていてネコみたいでもあります。仮になっつちゃんと名付けましょう。
 そのなっつちゃんに導かれてページをめくっていくと、ほどなく「私もそんな気持ちになったことあるよ」という場面に出合うのです。どきどきした感覚が甦るのです。不思議ですね、なっつちゃんはただ耳をすませているだけなのに。訪れてくるものを好きなように受け入れているだけなのに。
 この、好きなように、というのが作者の荒井良二さんの作風だと思います。好きなように絵本を開いて眺めて「あ、この色きれい、この動物おかしいよ」とか感じられることが楽しいのです。文字でさえ飛ばしとばし読んでいっても一向にかまわないな、と思いました。じっくり読みたいときもあれば、その時の気持ちに合った場面だけをしみじみ眺めてもいいのです。
 荒井良二さんには、荒井さんの故郷の山形県での講演会でお会いしました。会場の大学の先生との掛け合いが面白くて笑い通して終わってしまったのですが、温かい気持ちをたっぷりいただいて帰りました。今また、なっつちゃんからしっかり受け取りました。

荒井良二 作 ブロンス新社 1,540円 (2022年 ’令和4年’ 5月29日 289回 杉原由美子)

毎日新聞/Web   プー横丁/TOP

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