きみは、ぼうけんか
私は、冒頭の場面でショックを受けました。割れた窓ガラス、ひしゃげた戸棚と電気スタンド、壁からは写真や絵画が落ちて床に散らばっています。富山県西部に住む私には、つい最近の能登半島地震の記憶がありありとよみがえる、つらい情景でした。
この絵本に描かれる子どもたちは、自然災害ではなく、戦争という人的災害に遭って、住む家を失ったのです。親や近所の人はまったく登場しません。その状況設定を、読者は否応なく受け止めて先に進むしかないのです。
「わたしたち、これからどうするの?」
幼い妹は、しごく真っ当で素朴な質問を兄にします。お兄ちゃんといっても、ようやく一人で本を読めるようになったくらいの年齢です。相談する相手もないお兄ちゃんに、途中まで読んでいた本がヒントをくれました。
「ぼうけんかになりたくない?」
戦場と化した町から妹を連れて逃げなくてはならない、お兄ちゃんに分かっているのはそれだけです。ぼうけんかなら、危険を乗り越えられる、だって、本にはそう書いてある。
翌朝、2人はわずかばかりの荷物を背負ってぼうけんに出発です。近くで銃撃が始まったので全力疾走でのスタートです。本当のぼうけんかが遭遇するように、兄妹には試練がふりかかりました。何日も歩き続け、食べものは乏しく、小さなボートで海を越えなくてはなりませんでした。頼りの「ぼうけんの本」を波にさらわれ、元気を失くしていくお兄ちゃんを見て、こんどは妹が「ぼうけんかのまちをみつけなくちゃ」と励ますのでした……。
イランの絵本です。作者のお2人は、1980年代のイラン・イラク戦争の頃生まれています。次の世代の人たちに戦争の現実を伝えたい、でも、怖がらせるためではなく、再生の希望を持てるように工夫を凝らしたと書いておられます。
絵本の扉と最終ページには、折り鶴のイラストがあしらってあります。日本向けだから? 他の外国語版も同じなのかな? 折り鶴が世界標準の平和のシンボルだったら「いいね」です。
シャフルザード・シャフルジェルディー 文 ガザル・ファトッラヒー 絵 愛甲恵子 訳 ブロンズ新社 1,540円
(2024年 ’令和6年’ 3月24日 311回 杉原由美子)