ねえ、おぼえてる?

 作者シドニー・スミスさんの絵本をご紹介するのは今回で3回目です。最初は『ぼくは川のように話す』、次は『おばあちゃんのにわ』でした。文章はジョーダン・スコットさんによるもので、それぞれ、スコットさんのお父さん、おばあちゃんの思い出が表現されていました。どちらの絵本も、文と絵がみごとに融け合っていて、生い立ちを異にする2人の人で作り上げたとは信じられないくらいでした。
 そして、今回はスミスさん本人の物語をスミスさん自身が完成させました。その効果は絶大で、読むと、スミスさんに会って直にお話を聞いたような気持ちになります。
 お話は、夜寝る前、お母さんが10歳くらいのスミスさんに話しかけるところから始まります。「ねえ、おぼえてる? パパと3人でピクニックにいったときのこと」「そう、楽しかったね」「ねえ、おぼえてる? ぼくの誕生日にはじめて自転車で走ったときのこと」「止まり方を知らなくて、干し草の山に突っ込んだのよね」
 かわりばんこに言葉を掛け合いながら、だんだんと新しいできごとに話題が移っていき、とうとう今朝、家を出てきた場面になります。その日、お母さんは自分と息子の荷物をトラックに積み、自ら運転して、高速道路をひた走り、道に迷いながらも、引っ越し先の大きな街に辿り着いたのでした。
 が付くと、お母さんはすやすやと眠りに落ちていました。とても疲れていたに違いありません。お母さんの寝顔を見守りながら、スミス少年はつぶやきます。「このことも、いつか思い出にできるかな」
 この日のことをいつか「ねえ、おぼえてる?」と話すときがきたら「ぼくら、なにもこわくなかった。みんなうまくいくって、わかってた」と言うんだと、スミス少年は心に決めるのでした。
 見知らぬ街にも夜明けは訪れます。そして、人びとの生活の音や匂いが立ちのぼってきます。いよいよ新天地での暮らしが始まったのです。
 「ぼくは、この朝をわすれない」
 そうして、この絵本が生まれたのですね。絵本の献辞には「ママに」とだけ、記されています。万感の思いが込められています。

シドニー・スミス 作 原田勝 訳 偕成社 1,760円 (2024年 ’令和6年’ 5月26日 313回 杉原由美子)

毎日新聞/Web   プー横丁/TOP

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