1,000円の壁

ラーメンの話ではありません。1,000円の図書カードをもらったら、どこで何を買いますか?以前、某コンビニで、図書券でパンを売ったとか買ったとか問題になりました。図書券は、本屋が本の問屋との決済に使うことによって初めて通貨価値が出るものなので、 コンビニで受け取っても、どこかで誰かが困ったに違いありません。
図書券・図書カードは、それを販売しているところで使うのがいいのです。つまり、本屋です。1,000円あれば、週刊誌なら、たいていのものは買えます。コミックも。意外に文庫本が微妙で、旧作なら2冊いけたりするのに、新作だと1冊で1,000円超えも当たり前になってしまいました。まあ、多少オーバーしても小銭を足し前すれば解決しますが、日ごろお金を持ち歩かない子どもだったら…。
先日来店された4歳くらいの坊やはチャキチャキの街っ子。1,000円の図書カードをもらったらしく、「これ、せんえんで買えるかなあ」と、店内探索に挑みます。「いやー、無理だな」付き添いのおじいちゃんがのんびり答えます。「じゃあ、これはどうかな」「1,000円じゃ買えないよ」
おじいちゃんは付き添ってはいるけど、財布を持っていないのでした。
「あした、お母さんとまた来るんだろ。今日は下見だけにしよう」
そっか。でもね、だれと来ようと1,000円の壁は同じだよ。
私は、ひそかに考えていたアイデアを出すことにしました。
「これなら2冊買えるけど、どう?」
そう、最強アイテム「こどものとも」です。
ぼうやはたいへん物わかりの良いお子さんで、私が提案した2冊のうちの1冊を気に入って買ってくれました。その「こどものとも」は税込み460円だったので、1,000円の図書カードは残高540円になって、ぼうやの手にもどっていきました。やったね。
翌日、こんどはそのぼうやと妹さん、そして付き添いとしてお母さんが来店されました。私は、お母さんなら図書カードで足りない分は足し前してくださるだろうと期待しました。しかし、「図書カードで買えるものをさがしなさい」のお約束は鉄壁でした。
そのお約束は、なんと、2歳くらいの妹さんにも適用されていました。
2歳さん向けの「こどものとも」を見せてあげればいいかな。でも、小さい子向きなら1,000円以内で買える絵本はないわけじゃないぞ、あれとかこれとか…。
算段している間も、540円の図書カードを持っているお兄ちゃんが店内を彷徨い始めます。「こどものとも」で気に入りそうな本は一応、昨日選んでしまったし、そうだ、こんなときこそ「古本」を見てもらおう。
そもそも私が「古本」に手を出したのは、取引条件が厳し過ぎる某絵本出版社の新本を仕入れることが難しくなったからです。そのため、当店においてはその出版社の古本比率が異常に高いのです。「古本でかまわないなら在庫あります」ということ。
ぼうやにご紹介したい本は何冊もありました。そして、ぼうやが「これだ」と選んだ1冊は200円だったので、手元の図書カードの残高は340円になりました。
さて、妹さんのほうですが、こちらも上手に見つけられたと思うのですが、『トイレどこ?』990円になりました。
実は、私もこの本を狙っていたのです。『トイレどこ?』は990円だったはず、でもなあ、「これにしなさいよ」みたいになるのはいやだなあ、自分で見つけてくださったらいいなあ、と思っていたのでした。だから、これをカウンターに持って来られたときはすごくうれしかったです。
1,000円の壁はなかなかスリリングですが、500円の場合もあります。
2,3年も前のことで、忘れられない一件があります。
おそらく夏休みのラジオ体操参加のご褒美にもらったとおぼしき500円図書カードを持って、小1くらいの子が一人で来店しました。
「これで、本て、買えますか?」
答は簡単です。買えますとも。ただし、税込み500円のがあればね。なんて、即答して終わりにはできないので、「そうですねえ、それだったらねえ」と、私はゆっくりと古本のコーナーに歩を進めました。
せめて数ある中から選んだ気持ちになってもらおうと、記憶にある限りの税込み500円以内のものを引っ張り出してみました。幸い、お気に入りの1冊が決まりました。440円。それで図書カードの残高は60円になりました。もちろん、そうお伝えしたわけですが、それで図書カードの使い方を理解したかどうかは不明でした。
その点、前述のぼうやはよくわかっていて、「いくら残っているか、書いて」と、私に図書カードに残額を記入させました。でも世の中、そんな買い物慣れしている子ばかりではありません。
案の定といいますか、残念なことにといいますか、500円図書カードで買い物をしたお子さんは、後日また一人で来店。決して高価な本を選んだわけではありませんが、図書カードを出して「これで買えますか?」と聞いたのです。私は、前のカードと同じものだとしたら、残高が60円だとわかっていました。でも、型通りにカードリーダーに当てて、「ごめんね、残高が足りなくて買えないの」とお返事したのでした。
そのお子さんは残念そうでしたが、やっぱりね、きっとそうだと思っていたよ、というお顔でした。ちょっと切ないけど、尊い社会経験になったのではないでしょうか。
『トイレどこ?』はタイトル通り、トイレトレーニング絵本に分類される小型しかけ絵本です。絵も文もシンプル、造本はしっかりしていて過酷な取り扱いにも耐え抜きます。

わらべきみか 作 ひさかたチャイルド 2019年刊 990円
(2026年 ’令和8年’ 6月21日 321回 杉原由美子 )

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